Hans-Hermann Hoppe *Democracy: The God That Failed*
#ハンス・ハーマン・ホップ #リバタリアニズム #新反動主義 #ネオカメラリズム
原文は読んでない、以下は二次文献からの感想〔追記: 最初の方読んだ。〕
https://ia801508.us.archive.org/14/items/911-material/Pdfs/Democracy%20The%20God%20That%20Failed.pdf
https://youtu.be/uUCAenYGwxA?t=145
動画は、リバタリアンの歌 (Welcome to Ancapistan)。ホップ派 (Hoppean) も登場。
リバタリアンと社会保守主義の奇妙な結託の究極形態!ハンス・ハーマン・ホップ!!
越後 和典 "君主制と民主制の政治経済学 -- ハンス─ヘルマン・ホッペの業績"
岩倉 竜也 "リバタリアン革命 -ホッペの提案"
これは The God That Failed ではなく、Hoppe "What Must Be Done"が元だけど
ホッペの反動的”リバタリアニズム” - 柿埜真吾のブログ
【リバタリアニズムの極北】ホッペと私的法秩序(第1回)|アーバンリバティ
ハンス・ハーマン・ホップのモデルは、任期のある大統領などの権力者を家の借り主のようなものと考え、権力が一定期間は安定なものと仮定している。その点で、ヤーヴィンの分析 (カーティス・ヤーヴィンの「新反動主義」――王制主義リバタリアンとは何か)や、マンサー・オルソン (マンサー・オルソン「独裁制・民主制・経済発展」) の移住型盗賊モデル とは区別される。(ヤーヴィンやオルソンは一定期間すらも完全には安定でないものとして扱っている)
ホップによれば、民主主義の問題は任期の存在から来る短期的視野に基づく意志決定である。
しかし、もし、次代の権力者がすでに分かっているならば、次代と今代の権力者が取引をすることで短期的視野は解決できるのではないか。
A氏が4年大統領をして、B氏が次の大統領になると分かっているとしよう。
ある政治的選択α, βを迫られ、
α: A氏に1000円、B氏に0円 の税収
β: A氏に100円、B氏に1000円 の税収
という選択肢を、A氏が大統領している間に選択することになったとき、B氏は「901円あげるから β を選んで!」と交渉すれば、ベータを選んだ場合の利益が
A氏の利益が1001円
B氏の利益が99円
となり、A氏は β を選ぶだろう。
この取引によって、A氏が α を選んだ場合よりも、A氏もB氏も得をすることになる。
(ただし、β を確実に履行する仕組みは無いかもしれない。Aにとっては β をやると言っておいて α をやるのが一番得だ。)
時間が違うので、本当は利子率を考慮する必要があるかも
しかしこの取引は次の大統領がわかっていないとできないので、実質的には意味ないだろう
B氏はA氏の決定を知っているから、独立で判断する囚人のジレンマとはゲーム理論的に扱いが違うのかな。
関連. by Alex Tabarrok
https://www.youtube.com/watch?v=Aldi4n7S78Q&list=PLhcM-mGEJ8Kum1sE7ryA50S2gIDVJ9dpA&index=7
もし独裁者のA氏が任期後に国を売るというシステムの場合は、αをしてしまうと国の買い手がつかなくなってしまうだろう (税収が0になるため)。βにすると、後に得られるはずの税収である1000円が、国の価格に反映される (割引現在価値) ため、国を売るときの値段を高くしたいA氏はβを選ぶだろう。このように、相続するのではなく、国を売るという場合でも、権力者は長期的な視点を持つことができる。
相続の場合は子供の利益に対する配慮が前提になるけど、国を売るという場合は私利だけで長期的な視点を持てる。
追記: これはホップ本人も言ってる。
Spatial vs Temporal Externalities - by Maxwell Tabarrok
https://www.maximum-progress.com/p/spatial-vs-temporal-externalities/comment/42876199
ギャレット・ジョーンズ「政府意思決定に長期的視点を持たせるために、国債所有者に票を与えるべき」「満期100年の国債で政治家の給料を支払うべき」
<脱線>
双曲割引も、未来の自分と現在の自分が取引できれば解決できそう
誘惑される意志にそんな話があった気がするけど
何が将来のことを考えて計画を立てて行動しろだ、それは計画ピコ経済であり、本物の資本主義者は未来の自分と取引して行動する ←これになりたい
未来の自分が現在の自分に即時的な報酬・快楽を送ってこれないといけない
自分へのご褒美というのはそのようなものになれるのだろうか
適切にリワードを設定することが重要
(未来からお金をロスなしで転送できるなら、双曲割引どころか、指数割引すら克服できるのでは)
計画を作るインセンティブ、計画に従うインセンティブが計画ピコ経済の問題
</脱線>
一般化
総税収がx、A氏の利益がy、B氏の利益がx-y (※y < x) というふうにすれば、
α:
A:$ y_\alpha, B:$ x_\alpha-y_\alpha
β:
A:$ y_\beta, B:$ x_\beta-y_\beta
B氏は「$ y_\alpha-y_\beta+1円 (y氏がベータを選ぶことで損する分+1)あげるからβを選んで!」と交渉する。
すると、
α:
A:$ y_\alpha, B:$ x_\alpha-y_\alpha
β:
A:$ y_\alpha+1, B:$ (x_\beta- y_\beta) - (y_\alpha - y_\beta + 1) = x_\beta - y_\alpha - 1
となるので、A氏にベータを選ばせることは可能だ。
問題は、この申し出をすることがB氏にとって得かどうかだが、
(申し出をしなければA氏がαを選ぶことは分かっているので)その条件は、
$ x_1 - y_1 < x_2 - y_1 - 1
なことだ。$ y_1が共通なので、
$ (x_1 < x_2 - 1) \Leftrightarrow (1 < x_2 - x_1)
つまり、ベータを選んだ時の総税収がアルファの場合より1円より多く高ければこの取引は成立する。
BがAに与える値段pが、$ y_\alpha - y_\beta < p < (x_\beta - y_\beta) - (x_\alpha - y_\alpha)
の範囲に収まっている限り、どちらにとっても交渉なしの場合より改善だろう。
官僚の予算最大化モデルへの応用
ヤーヴィンの、官僚が税収最大化ではなく予算最大化行動をした結果、望ましいかどうかに関わらず多くの行政サービスを生み出すという議論についても、同じような反論が可能なのではないか。
官僚A氏と官僚B氏が居るとしよう。税収最大化だが予算最大化でない行動βと、予算最大化だが税収最大化でない行動αがあるとする。
(後は上と同じ)
これにより、税収最大化的結果(β)と、取引含む予算最大化行動が一致する結果となった。
「ある政策が政府全体の利益にとって損である」ということは「もしその政策をやめさせれば、補償できるだけの金額が手に入る」と言い換えられるので実際に補償してやればいいという提案は『企業としての国家: 政治的発展における経済的な効力』. By Richard D. Auster and Morris Silverでもされている
このフレーズ〔= 物理的に除去 physically removed〕は、リバタリアンの作家・政治理論家であるハンス=ヘルマン・ホッペの2001年の著書『Democracy: The God That Failed』に由来する。彼はそこで、リバタリアン的な社会秩序を維持するためには、私有財産に反する政治的見解を持つ者――たとえば民主主義者や共産主義者――は、リバタリアン共同体への参加を認められるべきではないと論じている。
「私有財産を保護することを目的とした所有者と共同体の居住者との契約においては、(無制限の)言論の自由というものは存在しない。たとえ自分自身の借用財産の上であっても、無制限の発言が許されるわけではない。人は数え切れないほど多くのことを語り、ほとんどあらゆる思想を広めることができるが、当然ながら、私有財産を維持・保護するという契約そのものに反する思想――たとえば民主主義や共産主義――を擁護することは許されない。リバタリアンの社会秩序においては、民主主義者や共産主義者に対する寛容はあり得ない。彼らは物理的に除去され、社会から排除されなければならない。」
Physical Removal / Physically Removed, So to Speak | Know Your Meme
「不寛容な者への不寛容」か?
オストラシズムによって統制することで伝統的な社会規範とリバタリアニズムを両立させようとする人が提唱しているのってキャンセルカルチャーみたいなものでは
これは thick libertarian vs. thin libertarian の問題っぽい
thick libertarian はリバタリアニズムを無危害原理以上のものと結びつけるかどうかという話っぽいから、身体的危害・財産への侵害以外の抑圧の形を認めるかという話には限らないっぽい
「社会規範侵犯したやつ、みんなでシカトしようぜ〜」という仕組みによって、国家の暴力装置なしで維持されている社会
ムラじゃん
ハンス・ハーマン・ホップの「王政は自分自身の権力が私有財産にもとづいているからイデオロギー的に他人の財産権にも侵害を避ける」というの、呪術的思考みたいな感じがして説得力を感じなかったけど、契約論みたいに考えれば理解できるかも。
つまり、私有財産を侵害しないという規範は物理力だけではなく、人が自発的に納得してしたがう ということにも依っている。
王は、自分の権力が基づくところのものである財産権を侵害されたくない (これは必ずしも軍事力だけで達成できるわけではない) から、自分の財産権を侵害されないということの対価として他の人の財産権も侵害しないという社会契約に同意する動機がある。
ホップは、収入が増えると時間選好は下がると考えている(図1, p.8)。
それなのに、政府による福祉を受け取ったひとは、時間選好が上がると考えている。
図と矛盾しているのでは?
「王は国を持っている、大統領は国を借りているにすぎない、だから王のほうが国を大事にする」という話
図書館で借りた本のほうが大事にしない?
純粋に利己的かつ制裁がないなら自分の持っているもののほうが大事にするけど、じっさいには借りているというときにはそれを (所有者にとって) ダメな扱い方をした場合の制裁が貸与契約上定められていることが多い
自分の持ってる本も後で売るならだいじにしないとだめ
〔A member of the human race who is …〕
「私有財産に基づく分業のもとで行われる労働のより高い生産性をまったく理解できない人間は、厳密に言えば『人格(ペルソナ)』ではなく、むしろ道徳的には動物と同じ範疇に属する――それが無害な種類であれば(家畜化され、生産手段や消費財として利用されるか、あるいは『自由財』として享受される)、あるいは野生で危険な種類であれば(害獣として対処されるべき)存在である。
他方で、この洞察を理解する能力はあるが、それに従って行動するための道徳的強さを欠く人々もいる。そのような人々は、人間社会の外に離れて暮らす無害な野蛮人であるか、あるいは程度の差こそあれ危険な犯罪者である。」
p.173
うーん、頭がおかしい
https://www.youtube.com/watch?v=ID_fiOBO50U